変わる社会と役割のなかでたどり着いた夢

19歳のときに認定NPO法人かものはしプロジェクトを仲間とともに創業した青木健太(現SUSU代表)。2008年からはカンボジアへ渡り、最貧困層の女性を雇用しハンディクラフト雑貨を生産・販売するコミュニティファクトリー事業を統括してきました。

青木は、約10年間のカンボジア現地での活動を通して新たなミッションにたどり着き、15年間ともに歩み続けたかものはしから独立し、SUSUとして新たに歩むことを決意しました。
今回は、独立を決意したストーリーと青木が胸に抱く夢についてお届けします。

社会の変化と変わり続けるNPOの役割

今、カンボジアは大きな社会の変化の時をむかえています。
10年以上にわたって7%の経済成長率が続き、国全体で現在12の経済特区が稼働し、海外企業が進出、雇用は確実に増えています。
2002年にかものはしを創業して以来、NGOとして雇用をつくらなければならないと考えてきた僕たちも、徐々にNGOに求められる役割が変わってきていることを感じていました。

個人的にその潮目が変わったように思うのは2011年あたりを越えた頃。民間企業のカンボジアへの進出・投資が本格化してきました。印象的だったのは、日系企業の現地支社長の方にこう言われたときのことです。

「青木くん、うちの工場は年末までに5000人雇おうと思っている。月に100人でも元気で目が良い女性がいたら紹介してほしい。きちんと雇用するから」
そしてその工場の給与はコミュニティファクトリーより良いものでした。

当時一人でも多くの人を雇おうと血の滲むような想いをしていた僕たちにとって、まさに時代の変化を実感する瞬間でした。そのときNGOの問いは、「じゃあ残っている社会問題は何で、どう役割を分担していくのか」というものであるべきではないでしょうか。

僕らが至った結論は、最貧困層の方々向けの学校へと進化すること

自分たちの経験を活かしてどうカンボジア社会に貢献することができるのかを考え続け、出た答えのひとつがライフスキルでした。

それに気づくきっかけになったのはコミュニティファクトリーを卒業して企業に就職したある女性に起きた出来事でした。彼女の名前はEap(イアップ)。彼女は都会の工場で働きはじめ、給料も農村の平均月収にくらべれば4倍にもなる良い仕事につけたと僕たちは喜んでいました。
しかしそんな彼女はたった4日でその工場を辞めてしまったのです。

都会で住む家がみつけられない。一緒に働く人と仲良くできない。
そんな問題を解決することができずに彼女は農村に帰ってきてしまいました。

新しい環境に慣れ、人との関係を作りながら、問題を解決して前に進む力、それが十分に育っていないとカンボジアの発展の恩恵を受けることも難しいのだと僕たちが思い知らされた苦い経験でした。

僕たちは、その力をライフスキルと名付け、それを身につけ、「前向きにワクワク生きる」人生をすべてのカンボジアの人たちが送れるようになってほしいと考えました。

「ものづくりを通じたひとづくり。
カンボジアの若い女性たちのライフスキル教育を工房でのトレーニングを通じて実現する」

という新たなミッションのもと、商品販売の売上を主な収入源として持続的に事業を発展させていきます。

約10年間現在のコミュニティファクトリーを運営する中で培ってきた、女性たちと共にすごしライフスキルの成長を加速させる力、ものづくりをする力、組織の力を活かしてよりカンボジア社会へ、ひいては近隣諸国へも貢献できるようなソーシャルビジネスとして活動の幅を広げていくことを考えています。

全ての個人が前向きにワクワク過ごせる世の中を

約10年間のカンボジア生活を経て僕がたどり着いた夢。
それは、一人一人の人が人生に前向きにワクワクしている世界を実現すること。

挑戦はまだ始まったばかりです。
僕一人の人生をかけただけでは到底足りない。共感してくれる皆さまと共にしっかりと歩んでいきたいと思います。